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2009.11.11 復活
 復活しました。
遅ればせながら植草一秀さんが、冤罪事件による不当な投獄から
無事に戻っていただいた事を祝いたいと思います。

 政権交代すれば日本は変わる、良くなる。
本当に僅かながらの力、ミジンコのような力ではあるが
少しでも政権交代に協力したい。
そういう思いからこのブログを書き始めた。
民主党が政権を採れば、もう政治は大丈夫だ。そう思っていた。
もうブログを書く必要もない。そう思っていた。
でもやはり現実は甘くない。

 民主党が政権をとれば植草さんがブレーンとして起用され
その無実が日の目をみるのではないか。
りそなインサイダーを始め小泉・竹中の犯罪行為が全て明らかになるのではないか。
封印されている常温核癒合などの新技術を全世界に暴露していくれるのではないか。
そういう期待があった。でも現実はそう甘くはないようだ。
民主党は、いい党だとは思うが少しばかり過剰なバランス感覚を持ち合わせているようだ。
特に国防にも関わるアメリカとの関係やユダヤとの関係
または、混乱というもの、を気にしているようだ。
確かにそれは、当たり前なのかもしれない。

 でも民主党は忘れていることがある。
政権交代。それは革命なのだということを。
「混乱」というものを避けては通れないという事を。
今の民主党は「必要以上に混乱を避けている」その一言につきる。
確かに今まで自民党がしてこなかった事をしている。
行政革新会議にしても、予算の組み立ての裏側を明らかにるということにも
確かに自民党がしてこなかった事をしている。
でも私はまだまだ手ぬるいと思う。
政権交代前に民主党がなんと言っていたか。
「予算をゼロから組み立て、必要なものから予算を充てていく」
「官房機密費を全て公開すべきだ」
「記者クラブを廃止する」
上記はいずれも達成されていない。

 日程上の問題か何かは知らないが概算要求を自民党が出した予算をベースに
組み立て、削ったとは言うものの莫大な概算要求になっている。
私は、これは明らかにおかしいと思う。
自民党が組んだ予算を元に、従来の概算要求の発表の日程にそって概算要求を発表し、
来年度予算も自民党時代に作られた予算、日程にそって組まれようとしている。
なぜだろう。
「予算をゼロから組み立て、必要なものから予算を充てていく」のは
どこに行ったのであろうか?
日程を遅らせてでもゼロから予算を組むべきだ。自民党時代からのの予算・日程を踏襲する必要は
何もない。
例えば来年度の半ばまで、予算をゼロから組み上げるまでは発表をしない。
そんなことがあっても良いと思う。
自民党時代の予算の半分は借金というどう考えてもおかしい予算の組み方を
踏襲している。もっともっと削るべき無駄はあるはずだ。
借金まみれなのに、さらに予算の半分が借金というのはやはりおかしい。
経済・財政的な配慮という事かもしれない。急速に予算規模を小さくするということは
できないのかもしれない。でもこの場合小泉・竹中時代の緊縮財政とは違う。
明らかな無駄を排除するというだけなのだ。
予算の中で借金の割合が減るということは財政上も、経済的にも喜ばしい
ことであるはずなのだ。

日程を大幅に遅らせてでも、明らかな無駄を徹底的に排除し、
予算規模もまずは3分の2程度になったとする。
その結果、多少政治的にも経済的にも混乱は生じるかもしれない。
でもそれは避けて通れないのだ。
「予算をゼロから組み立て、必要なものから予算を充てていく」という前例に無い事を
するという事はそういうことなのだ。混乱はさけて通れないということなのだ。
民主党は日程を大幅に遅らせてでも断行すべきだった。

 今回の政権交代で一人気を吐いているのは、亀井静香だけだ。
亀井静香こそ真の政治家であり、ラスト侍だ。
命を懸けタブーに切り込む勇者だ。
平野官房長官が、記者クラブ開放を潰し、官房機密費を公開しないと断言した。
多分彼の言い分はおくだ。
「正義は理想論だけでは実現できない。正義を達成するために泥をかぶる役目も必要だ」
こんな間違ったナルシズムはいらない。
こういう間違った考えをしている時点で負けているのだ。
民主党の自民党化の始まりなのだ。

理想や革命は、嫌になるほど真っ直ぐに、それを追い求めていた結果に得られる
ものなのだ。チェ・ゲバラや植草一秀のように。
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